思考

生きる目的は、わからなくていい

2021年4月26日



「なんのために生きているんだろう」

とこれを読んでいる方は思っているかと思います。

自分も毎日のように
「なんのために生きているのか」「この先に何があるのか」
と思っています。

生きる目的について毎日考えていたのですが
そもそも「生きるのに目的がいるのか?」と疑問に思いました。

結論から言うと、
生きるのに目的を無理やり探すは必要はないですね。

自分がそう思った理由や考えについて、今回はお伝えしていきます。

SNSの影響により、生きる目的について考える機会が増えた


Twitter、インスタ、YouTubeなど
ほとんどの人が何かしらのSNSを見ているかと思います。

他人の発信を見ていると
「あの人は毎日、動画で楽しそうに生きているな〜」
「今日も高そうなもの食べているし、いいな〜」
と思ってしまいます。

毎日他人の投稿を見ていると、
無意識に自分と比較してしまい、
「自分の生きる目的ってなんだろう?」と考えてしまいますよね。

自分自身を見つめ直しているという意味では
いいことだとは思います。
しかし、格差が広がりすぎているが故に、
自分自身に絶望してしまうこともあります。

中学生で野球始めたばかりの人がプロ野球選手と比べているようなもんですから。

SNSでフォローしている人や自分が動画で見ている人は、ごく一部の人です。
似た系統の人ばかりフォローしていると
あたかも自分もそのコミュニティに属しているかのような錯覚に陥ります。

その錯覚により、生きづらさが生まれてきます。
その影響からふとした時に、「自分の生きる目的ってなんなのだろう」と考えてしまいます。

実際は、うまくいっていない水面下で努力している人もたくさんいます。
しかしながら、影響力の大きい人はSNSにおいては目立つので、
才能というより人として比べてしまうことになります。

SNSとの向き合い方を見直す必要がある

SNSとの向き合い方を見直しましょう。

最初は、面白そうや勉強になるといった興味からフォローしたり、動画を見たりするのですが無意識のうちに比較するようになっていきます。

もしあなたが、何かしらで結果を出したいと思うのであればSNSは断ちましょう。
確かに学びになることはあります。
しかし、学びに対するノイズや依存性が大きすぎます。

  • フォローしている人の整理
  • スクリーンタイムの設定
  • アプリのアンインストール

などを行いましょう。

SNSが気軽に見れてしまうから
ついつい見てしまうと思うので、気軽に見れないように手間を増やすのもいいでしょう。

生きる目的が見つかるのは自身の選択肢が広がる時


生きる目的が見つかるのは2パターンしかありません。

  • 自分が勉強して選択肢が広がる
  • 自分が新しいものを生み出す

これらについて解説していきます。

自分が勉強して選択肢が広がる

そもそも選択肢というのは、自分が知っているものからしか生まれません。

極端な例ですが、
"学校の先生"というものを知らない人が「将来、学校の先生になりたい!」
なんて思うことはないですから。

だから、目的がないというのは、
自分の今知っている知識の中に選択肢がないだけです。

あなたが全知全能というなら別ですが、そんなわけはないです。

勉強して無理やり見つけろとは言いませんが
選択肢がどのようにして見つかるのかという部分については
理解しておいた方がいいでしょう。

自分が新しいものを生み出す

勉強しても自分にしっくりくるものがない人もいるかと思います。
そんな時は自分の理想から生み出すしかないですね。

「こんな生き方あったらいいけど、ないよね・・・」

と感じたら自分が先駆者になればいいだけの話です。
無理やり社会の型にハマる必要もありません。

周りの人には色々言われるかもしれません。
でも仕方ないですからね。
興味ないことで生きてもなおさら、「生きる目的なんだっけ?」となってしまいますから。

自分も明確にあるわけではない

正直な話、自分もいまだに明確にあるわけではないです。
ただ、点を集めている感じですね。
いつかその点が線でつながれば楽しそうだなと思っています。

そう思うと自分の生きる目的は
自分の学んだ点を線に繋ぐことになります。

すごく抽象的だと思っていますがこんなのでいいと思っています。

人生は長いので、少なくとも急ぐ必要はないかなと思います。
周りの人から色々言われるかもしれませんが、
自分の感情を理解してもらうことは不可能なので、自分次第ですから。

"生きる目的がない=死"は矛盾


生きる目的を探したり、悩んだりすると
「死んだ方が楽しく過ごせるんじゃないか?」
と思ったことがある人は正直いると思います。

自分も毎日のように考えることはあります。
本気で実行しようとは思ったことはないですが。

"死"だけは絶対にやめてください。

自分がその時考えていることが3つあります。

  • 人はいずれ死ぬけど、生き返ることはない
  • 無知のまま死ぬのはもったいない
  • 『お前が死んでも何も変わらないけど、生きて変わることはある』

人はいずれ死ぬけど、生き返ることはない

死にたい、死にたくない問わず、人はいずれ死にます。
そう考えると、死を早める意味がないんですよね。

仮に死んで、「やっぱり、生きた方が楽しそうだから戻して〜」
なんてことで生き返ることもないですから。

生き返ることはないということは胸に刻むべきです。

無知のまま死ぬのはもったいない

選択肢がもっと他にあったのに
知らないまま死ぬって勿体無くないですか?

自分がずっと悩んでいることをある人に相談したら
「あっ。そこはこう考えたらいいよ。」の一言で解決することなんてよくありますよね。

自分の悩みは大きいようで
他人の力を借りるとすぐに解決できることもあります。

死んだ時に「あ!あそこ考え方間違ってたから、死ななくてよかったやん!」ってなったら
ダサすぎだと自分は思っています。笑

死に損は絶対に嫌ですから。

『お前が死んでも何も変わらないけど、生きて変わることはある』

これは、最遊記という漫画の僕が好きなセリフの一つです。
前半部分はひどい言い方に受け取れますが
後半を含めると考えさせられる一言です。

自分も他人も生きていると何か変わるということです。

確かに、自分が生きて変わったかもしれないことも
死ぬことによって変わらなくなります。

この言葉を思い出すたびに
「死んだところで自分も他人も変わらないのか」と思います。

"生きる目的がない=死"は矛盾している

そんなことを考えると
生きる目的もないけど、死ぬ目的も全くなくなります。

つまり、"生きる目的がない=死"という考え自体がそもそも矛盾しているわけです。

なんとなく、生きる目的がないと死を考えがちですが
これは全く別なんで、絶対にやめましょう。

【まとめ】"生きる目的を探す"という目的で生きる


"生きる目的を探す"という目的で生きるでも十分素晴らしいことです。
人生は、長いので今見つからなくても、いいと思います。明日には見つかるかもしれません。

自分は、「今、人生楽しいですか?」と言われたら、特に楽しくないです。
生きる目的も今ははっきりとありません。

ただ、生き続けたら、楽しいことあるやろなって感じです。

社会自体もいい方向に発展していっているので
生きる上での不自由は、さらになくなっていくかと思います。

自分がよりよく生きる上で
情報の取捨選択はとても重要になります。

現代、SNSの発達により情報が多すぎるので
自分に合う情報を見極めながら生きていきましょう。

簡単にいうと
生きる目的とか真面目ずぎることは考えなくていいのかなと思います。

もし、それでも周りの人の影響で考えちゃう人は
TwitterからDMでもいただけたら相談に乗ります。

今回は以上です。

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